
電気設備における予期せぬ放電現象であるアーキング(arcing)は、火災や機器故障など、深刻なトラブルを引き起こす可能性があります。
特に、半導体製造装置のように高電圧を扱う環境では、アーキング対策が不可欠です。
本記事では、アーキング現象の基本から、発生原因、火災リスク、具体的な対策方法、そして半導体分野におけるアーキングとの関係性までを網羅的に解説します。
電気設備の安全管理に関わるすべての方にとって、アーキングのリスクを理解し、適切な対策を講じるための羅針盤となるでしょう。
目次
アーキング現象とは
アーキング現象は、電気回路において、本来流れるべき経路以外に電流が放電する現象です。
もう少し具体的にいうと、絶縁された電極間で、絶縁破壊により火花放電が発生し、電流が流れる状態を指します。
アーキング現象は、電気火花、放電現象とも呼ばれ、電気設備における様々なトラブルの原因となります。
アーキングが発生する原因
アーキングは、主に以下の原因で発生します。
▶絶縁劣化
電気設備の絶縁材は、長年の使用により徐々に劣化します。特に、高温多湿な環境や、振動の多い環境では、劣化が促進されます。
紫外線、オゾン、化学薬品などは、絶縁材を劣化させる要因となります。また粉塵や湿気は、絶縁材の表面に付着し、絶縁抵抗を低下させる可能性があります。
▶物理的損傷
ケーブルの被覆が傷ついたり、コネクタが破損したりすると、絶縁破壊の原因となります。
▶配線や接続部の緩み
振動や温度変化により、配線や接続部のネジが緩むことがあります。
緩んだ接続部では、接触抵抗が増加し、発熱やアーキングの原因となります。
▶腐食
湿気や化学薬品により、接続部が腐食することがあります。腐食により接触抵抗が増加し、アーキングの原因となります。
▶異物の介在
接続部に粉塵や異物が挟まると、接触不良を起こし、アーキングの原因となります。
▶雷サージ
雷が落ちた際、高電圧のサージ電流が電気回路に流れ込むことがあります。雷サージは、絶縁破壊を引き起こし、アーキングの原因となります。
▶回路の過負荷
定格以上の電流が回路に流れると、過熱により絶縁破壊が起こることがあります。
▶スイッチングサージ
回路の開閉時に、高電圧のサージが発生することがあります。
▶粉塵や湿気
電気回路に粉塵や湿気が侵入すると、絶縁抵抗が低下し、アーキングの原因となります。
▶金属粉
金属加工を行う工場などでは、金属粉が電気回路に侵入し、ショートやアーキングの原因となることがあります。
▶その他異物
小動物や昆虫などが、電気回路に侵入し、ショートやアーキングの原因となることがあります。
スパッタリング装置におけるアーキング
スパッタリング装置におけるアーキングは、主に以下の原因で発生します。
▶ターゲットの絶縁不良
ターゲット材料の絶縁性が低い場合や、ターゲット表面に異物が付着している場合
▶真空度の低下
真空チャンバー内の真空度が低い場合、プラズマが不安定になり、アーキングが発生しやすくなる
▶高電圧の印加
スパッタリングを行うために高電圧を印加するので、どうしてもアーキングのリスクがつきまとう。
アーキング現象と火災リスク
アーキング現象は、電気回路における予期せぬ放電であり、火災を引き起こす深刻なリスクを伴います。以下に、アーキングによる火災リスクについて、詳細に解説します。
①アーキングによる発火メカニズム
▶高温の火花放電
アーキングは、絶縁された電極間で発生する高温の火花放電です。この火花は、数千度にも達することがあり、周囲の可燃物に容易に引火します。
▶可燃性物質への引火
配線材の被覆、埃、木材、紙など、身の回りには多くの可燃性物質が存在します。アーキングによって発生した高温の火花がこれらの物質に触れると、発火し、火災に繋がる可能性があります。
▶トラッキング現象
湿気や埃などが付着した絶縁材の表面にアーキングが発生すると、炭化導電路(トラック)が形成されることがあります。このトラックに電流が流れ続けると、発熱し、発火に至る場合があります。
②アーキングによる火災リスクが高まる要因
▶絶縁劣化
経年劣化や環境要因により絶縁材が劣化すると、絶縁破壊が起こりやすくなり、アーキングのリスクが高まります。
▶接触不良
配線や接続部の緩み、腐食などは、接触抵抗を増加させ、アーキングの原因となります。
▶過電流
定格以上の電流が流れると、配線や接続部が過熱し、絶縁破壊やアーキングに繋がる可能性があります。
▶粉塵や湿気
粉塵や湿気は、絶縁材の表面に付着し、絶縁抵抗を低下させるだけでなく、トラッキング現象を引き起こす原因にもなります。
▶不適切な配線
配線が適切に行われていない場合、配線が損傷したり、接触不良を起こしたりする可能性があり、アーキングのリスクを高めます。
アーキングの対策
アーキングを防ぎ、結果的に火災リスクを防止する方法を以下に紹介します。
①定期的な点検とメンテナンスの徹底
絶縁状態の確認 | 絶縁抵抗計などを用いて、定期的に電気設備の絶縁状態を測定し、絶縁劣化を早期に発見します。高温多湿な場所や粉塵の多い場所では、絶縁劣化が進みやすいため、入念な点検が必要です。 |
配線や接続部の確認 | 配線や接続部の緩み、腐食、損傷などを定期的に確認し、必要に応じて締め直しや交換を行います。振動の多い場所や温度変化の激しい場所では、接続部の緩みが発生しやすいため、注意が必要です。 |
清掃 | 電気設備に付着した粉塵や湿気は、絶縁抵抗を低下させ、アーキングの原因となります。定期的に清掃を行い、清潔な状態を保ちます。 |
②適切な配線と接続
正しい配線 | 不適切な配線は、接触不良や過熱を引き起こし、アーキングのリスクを高めます。電気工事は、専門の電気工事士に依頼し、電気設備技術基準に従って正しく配線することが重要です。 |
適切な接続 | 接続不良は、接触抵抗を増加させ、アーキングの原因となります。配線や機器の接続には、適切なコネクタや端子を使用し、確実に接続します。 |
③粉塵や湿気対策
防塵・防湿対策 | 粉塵や湿気の多い場所では、防塵・防湿型の電気設備を使用したり、電気設備を密閉型のボックスに収納したりするなど、適切な対策を講じます。 |
換気 | 電気設備が設置されている場所の換気を十分に行い、湿気がこもらないようにします。 |
④漏電ブレーカーとアーク遮断器の設置
漏電ブレーカー | 漏電ブレーカーは、漏電を検知すると自動的に回路を遮断し、漏電による火災や感電を防止します。 |
アーク遮断器(AFDD) | アーク遮断器は、アーク放電を検知すると自動的に回路を遮断し、アークによる火災を防止します。 |
⑤日常的な注意
タコ足配線の禁止 | タコ足配線は、過電流による発熱や接触不良を引き起こし、アーキングのリスクを高めます。 |
古い電気製品の交換 | 古い電気製品は、絶縁劣化や部品の劣化により、アーキングのリスクが高まります。定期的に新しい製品に交換しましょう。 |
定期的な点検 | 定期的に電気設備の点検を専門業者に依頼しましょう。 |
アーキングと半導体
アーキング現象と半導体は、直接的な関係と間接的な関係の2つの側面から考えることができます。
①直接的な関係:半導体製造装置におけるアーキング
半導体デバイスの製造工程では、薄膜形成やエッチングなどのプロセスでプラズマが利用されます。
プラズマは、高電圧を印加することで生成されるため、アーキングが発生しやすい環境です。
【アーキングが半導体製造に与える影響】
デバイスの品質低下 | アーキングによって発生するスパッタ(微粒子)がデバイスに付着すると、デバイスの特性が劣化したり、故障の原因になったりします。アーキングによる放電ノイズが、微細な半導体回路に悪影響を与える可能性もあります。 |
製造装置の故 | アーキングは、製造装置の電極や絶縁材を損傷させ、装置の故障を引き起こすことがあります。装置の停止は、生産ライン全体の停止に繋がり、大きな損失を生む可能性があります。 |
【アーキング対策】
半導体製造装置では、アーキングを抑制するために、以下のような対策が講じられています。
真空度の管理 | 真空度を高く保つことで、プラズマの安定性を高め、アーキングを抑制します。 |
電極形状の最適化 | 電極形状を工夫することで、電界集中を緩和し、アーキングの発生を抑制します。 |
絶縁材の選定 | 耐熱性や絶縁性の高い材料を選定し、絶縁材の劣化を防ぎます。 |
アーク検知システムの導入 | アーク放電を検知し、回路を遮断するシステムを導入することで、装置の損傷を防ぎます。 |
②間接的な関係:半導体デバイスのアーキング耐性
半導体デバイスは、様々な環境で使用されるため、アーキングに対する耐性が求められます。
【半導体デバイスのアーキング耐性が重要となる場面】
自動車の電子制御装置 | 自動車のエンジン制御や安全装置など、高電圧環境で使用される半導体デバイスは、アーキングによる故障を防ぐ必要があります。 |
産業用ロボット | 溶接や切断など、高電流を扱う産業用ロボットの制御回路では、アーキングによる誤動作を防ぐ必要があります。 |
電力変換装置 | 太陽光発電や風力発電など、高電圧を扱う電力変換装置では、半導体デバイスのアーキング耐性が重要となります。 |
半導体デバイスのアーキング耐性を高める技術として、たとえば次のような例が挙げられます。
- 半導体デバイスの絶縁膜の耐圧を高めることで、アーキングに対する耐性を向上させます。
- 過電圧サージからデバイスを保護する回路を搭載することで、アーキングによる故障を防ぎます。
- デバイスの構造を工夫することで、電界集中を緩和し、アーキングの発生を抑制します。
まとめ
アーキング現象は、電気設備における潜在的な危険因子であり、その発生原因は多岐にわたります。
絶縁劣化、接触不良、過電圧、異物混入など、様々な要因が複合的に作用することで、アーキングが発生し、火災や機器故障といった重大な事故に繋がる可能性があります。
特に、半導体製造装置のように高電圧環境で使用される設備では、アーキング対策は品質管理と安全確保の両面において極めて重要です。
アーキング火災を防ぐためには、定期的な点検とメンテナンス、適切な配線と接続、粉塵や湿気対策、漏電ブレーカーやアーク遮断器の設置など、多岐にわたる対策が必要です。
また、半導体デバイスのアーキング耐性を高める技術開発も進められています。これらの対策を講じることで、アーキングのリスクを最小限に抑え、安全で安定した電気環境を実現することができます。
【参考】
TOSOH Research & Technology Review Vol.50(2006)「アーキングに対するスパッタターゲット中の微小酸化物の影響(酸化物依存性とアーキングのモデル化)」
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.97, No.4 April 2021「磁場閉じ込め核融合研究分野におけるアーキング研究の位置づけとその展望」