
現代のエレクトロニクス、特に半導体製造の現場において、「真空」は欠かせない環境です。
真空装置は、この特殊な空間を作り出し、維持することで、原子レベルの精密な加工や薄膜形成(成膜)を可能にしています。
本記事では、「真空」の基本的な定義から、半導体製造に真空が必要な理由、真空装置の仕組み、代表的な種類、そして真空環境で行われる重要な技術である成膜の方法まで、網羅的に分かりやすく解説します。
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「真空」とはどんな状態か?
「真空」と聞くと、SF映画のように「何もない空間」を想像しがちです。しかし、科学的な定義における真空とは、「何もない状態」ではなく、「大気圧よりも低い圧力の状態の空間」を指します。
地球上の大気圧(約101,325 Pa)の状態から、空間内の空気分子を排出し、圧力を下げていくことで真空状態を作り出します。完全にゼロ(絶対真空)にすることは不可能ですが、用途に応じて分子の密度を極限まで低くした状態が利用されています。
真空の度合いは、圧力に応じて「低真空」「中真空」「高真空」「超高真空」などに分類され、半導体製造や宇宙開発といった極めて精密な分野では、超高真空が必要とされます。
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半導体製造に真空が必要な3つの理由
半導体デバイス(ICチップなど)は、ナノメートル単位の極めて微細な回路で構成されています。その製造プロセス、特に薄膜を形成する成膜(せいまく)工程において、真空は欠かせない環境です。
1. 不純物を減らすため
成膜工程において、空気中の酸素や水分、塵などの不純物分子がウェハー表面に付着すると、回路の欠陥や性能低下の原因となります。真空環境下では、これらの不純物分子の数を極限まで減らすことができるため、純度の高い薄膜を形成し、デバイスの歩留まりを向上させることができます。
2. 不要な化学反応を防ぐため
成膜やエッチング(削る)といったプロセスでは、加熱やプラズマの使用によりウェハーが高温になることがあります。もし大気中でこれらのプロセスを行うと、ウェハーが空気中の酸素と激しく反応(酸化)してしまいます。真空環境では、反応性のガス分子が除去されるため、ウェハーが不要な化学反応を起こすことなく、安全にプロセスを行うことができます。
3. プラズマを効率的に発生させるため
CVDやスパッタリングといった成膜方法では、材料をイオン化・活性化するためにプラズマを利用します。プラズマを安定して、かつ効率的に発生させるためには、空間内の空気分子の密度を適切に制御する必要があります。真空状態にすることで、プラズマ生成に必要な電子やイオンが、空気分子と衝突することなく効率的に移動・加速できるため、質の高い成膜が可能になります。
真空装置の仕組みを4ステップで徹底解説
真空装置は、「空間を密閉し、空気を排出し、その状態を測定・維持する」という基本的な役割を果たします。
ステップ1:【空間を密閉する】心臓部となる真空チャンバー
真空チャンバー(または真空容器)は、真空装置の「心臓部」であり、プロセスを行う空間そのものです。
内部を真空状態にするため、チャンバー自体が非常に高い気密性を持ち、耐圧性の高い金属(ステンレス鋼など)でできています。このチャンバー内で、ウェハーの搬送、成膜、熱処理といった各種プロセスが実施されます。
ステップ2:【空気を排出する】真空を生み出す真空ポンプ
真空ポンプは、チャンバー内の空気分子を強制的に排出し、真空状態を作り出すための装置です。
- 粗引き(あらびき)ポンプ:比較的圧力の高い領域(大気圧〜低真空)の排気を行います。(例:ロータリーポンプ、ドライポンプ)
- 主排気(しゅはいき)ポンプ:高真空や超高真空領域での排気を行います。(例:ターボ分子ポンプ、クライオポンプ)
これらのポンプを組み合わせて使用することで、効率的かつ目標の真空度まで圧力を下げることができます。
▼動画で知る「真空ポンプ」について
ステップ3:【空気を測定する】重要な役割を担う真空計
真空計は、チャンバー内の圧力がどれくらいの状態にあるかを測定する装置です。真空度が変化する広い範囲に対応するため、以下のような複数の方式の真空計を組み合わせて使用します。
- ピラニ真空計:中真空領域(∼10−1 Pa)の測定に利用。
- 電離真空計:高真空・超高真空領域の測定に利用。
ステップ4:【状態を維持する】調整役の真空バルブ
真空バルブは、チャンバー内の真空状態をコントロールするために使われます。パイプラインの開閉を行い、チャンバーとポンプ間の接続を遮断したり、排気速度を調整したりする「調整役」です。プロセス中は、不必要なガス(空気など)の侵入を防ぎ、真空度を一定に保つ役割を果たします。
真空装置の代表的な種類と用途
真空装置は、その用途に応じて様々な種類がありますが、ここでは代表的なものを紹介します。
①真空薄膜形成装置
文字通り、真空環境下でウェハーや基板の表面にナノメートル単位の薄い膜(薄膜)を形成する装置です。半導体、ディスプレイ、光学部品、太陽電池などの製造に不可欠です。
- 蒸着装置:熱や電子ビームで材料を蒸発させて膜を作る。
- スパッタ装置:プラズマを利用して材料の原子を弾き飛ばして膜を作る。
- CVD/ALD装置:ガスを化学反応させて膜を作る。
②真空化学装置
真空環境で特殊なガスを使い、材料に化学的・物理的な加工を行う装置です。
- エッチング装置:不要な薄膜を削り取る装置。
- アッシング装置:レジスト(感光材)を除去する装置
③真空冶金装置
金属の精錬や合金の製造、熱処理などに真空を用いる装置です。酸化を防ぎ、不純物を取り除くことで、高品質な金属材料を得るために使われます。
④真空熱処理装置
材料を加熱する際に真空環境を用いる装置です。酸化や変質を防ぎ、材料の結晶構造の改善や不純物の除去、接合などを行います。半導体の焼成や、金属部品の強度改善などに利用されます。
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成膜の種類
真空装置によって作り出された特殊な環境下で、具体的にどのように薄膜が形成されるか、代表的な成膜方法を解説します。
①真空蒸着
原理:材料を真空チャンバー内で加熱し、蒸発させた分子や原子を基板表面に付着させて膜を形成する方法です。加熱方法には、抵抗加熱(ヒーター)や電子ビーム(EB蒸着)があります。
特徴:膜厚の制御が容易で、比較的シンプルな装置構成で済みますが、膜の密着性や均一性(段差被覆性)は他の手法に劣る場合があります。光学膜や装飾膜によく利用されます。
②CVD(化学気相成長)
原理:成膜材料の原子を含む原料ガスをチャンバーに導入し、熱エネルギーなどを用いて基板表面で化学反応を起こさせることで、生成物を堆積させて膜を形成します。
特徴:膜の密着性が高く、比較的速い速度で成膜が可能です。絶縁膜(酸化膜、窒化膜)や配線材料など、半導体製造の中核を担う手法の一つです。
③スパッタリング
原理:ターゲット(成膜材料)にアルゴンイオンなどのプラズマを衝突させ、弾き飛ばされた材料原子(スパッタ粒子)を基板に付着させて膜を形成する物理的な手法です。
特徴:高融点の金属や合金など、蒸発させにくい材料の成膜に適しており、薄膜の密着性にも優れます。半導体の配線や電極材料の形成に広く利用されています。
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④ALD(原子層堆積)
原理:CVDの一種ですが、原料ガスを交互に導入し、自己制御的な表面反応を利用して、膜を原子1層ずつ積み重ねる手法です。
特徴:極めて精密な膜厚制御(原子層精度)と、優れた段差被覆性(コンフォーマル性が最大の特徴です。成膜速度は遅いものの、トランジスタのゲート絶縁膜や次世代メモリ、電池材料のコーティングなど、ナノ構造を持つ最先端の半導体・デバイス製造に不可欠な技術です。
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▶【半導体基礎知識】成膜とは?特徴・方法・装置について解説。
まとめ
真空装置は、単に空気を抜くだけの装置ではなく、「究極にクリーンで精密な製造環境」を提供する現代技術の基盤です。特に成膜分野においては、真空蒸着、CVD、スパッタリング、ALDといった多様な技術を支え、今日の高性能な半導体や高機能材料を生み出しています。
菅製作所は、長年の実績と信頼に基づき、研究開発の現場で新しい知見を生み出す高品質な真空装置を提供しています。
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